audioleaf WEB MAGAZINE

No.20・"定位"と言う概念

2011年10月04日21時48分 in コラム


ところでみんな、普段どんな環境で音楽を聴いてる?。まあ「愚問だよ」ってくらい、きっとiPodなどの携帯音楽プレイヤーが中心なんだよな。何しろ手軽、身近、そして高性能。ハッキリ言っちゃえば、かつて(ン十年前)は「誰々のあのアルバムを聴こう」と思ったら、オーディオ機器の電源を入れてCDプレイヤーのトレイにディスクを入れ、2つのスピーカーの真ん中に座ってブックレットを手にじっくりと聴く、って言う手順を踏むのが通常のスタイルだった。聴き終わったら別のCDに入れ替え、前のCDはケースに入れてラックへ返す。そのあたりの動作が全部込みだったんだ。面倒だって?、まあ確かにそうかも知れないね。

それが今や、iPodさえありゃ歩いていても電車に乗っててもいつでも自由に聴けて、しかもメディアでなくmp3なんて言う"音楽ファイル"の登場のおかげでひとつのプレイヤーに信じられないほどの量の楽曲が保管出来るし、しかも選び出すのも簡単。そりゃ"CD不況"にもなるよ、これだけ手軽なら。ただ、ひとりの音楽人として、この現象は音楽がより身近になった証しとして、歓迎すべきことだと思う。作る側も聴く側も、昔とは違う、新たな捉え方/考え方が必要になった、と言うこと。

そしてもうひとつ、前述の音楽視聴スタイルの変化には、実はとても大きくて決定的な違いがある。それは「スピーカーからヘッドホン(イヤホン)への移行」だ。

コンポなどのオーディオ機器を部屋に配置する際、右と左のスピーカーは大抵そのオーディオ機器を挟んで両側に置かれる。これはテレビでも同様で、画面を挟んで左右にスピーカーが付いている。つまり、その左右のスピーカーの中央に鎮座することでリスナーは"ステレオ空間"に身を置くことになるワケだ。これは無責任に言えばその左右の幅が広い/狭いで聴感上の効果が大きく変わることを意味し、狭けりゃ極めてモノラルに近い環境になってしまい、広過ぎれば妙な位相の中で気持ち悪いステレオ感になってしまう。80年代のオーディオ・ブームの頃はスピーカー同士の間隔や座る位置まで拘ったモンだ。

それが、携帯音楽プレイヤーの普及でヘッドホン使用が標準となった。これにより、スピーカー標準時代に比べ、基本的には全リスナーがほぼ同じステレオ感の中で音楽/楽曲を聴く機会が増えた、と言うことが出来る。部屋の構造、配置、聴く位置、向きやノイズの有無.....ある意味無責任だった音楽リスニング環境は、携帯音楽プレイヤー時代の到来によって飛躍的に"統一"されつつあるのだ。

この小さなインナー・イヤータイプのヘッドホンが現代の主流音楽リスニング・ツールとして、大革命を起こした。
で、だ。
ミックス的にこの環境変化はどうなのか、っつーハナシ。結論から言うと、これが我々エンジニアにとってその歴史自体を揺るがす大革命。音楽制作のデジタル化と同様、聴く側/聴かせる側の概念も大きく変化した。今回はそのへんの移り変わりを歴史的な流れも含めて分析してみよう。

オレのiPodに入っているThe Beatlesの記念すべきデビュー・シングル、"Love Me Do"(1962年)は、モノラル・ミックスだ。が、翌1963年の"I Want To Hold Your Hand"はステレオ作品である。このあたりの時代がモノラル~ステレオの変革期であることは事実なんだけど、当時は必ずしもステレオの方が良いに決まってる、と言う考え方に一気に移行しなかった。バランスのみに拘ったモノラル・ミックスの方が音楽的に優れている、と言う意見が存在したからである。更に、今では考えられないような比較だけど、聴く側、つまりレコード購買層の環境が整うスピードも今とは比べものにならない。そして更に、若い人達には衝撃的な、60年代前半の"ステレオ音楽"の造り方も理由のひとつである。

実は、前述の"I Want To Hold Your Hand"のミックス定位は、ドラムとベースが左、リズムギターが右、ヴォーカルとオブリガード、パーカッションなどがセンター、と言う造り。

.....そう、ステレオ/パンニングがもの珍しかった黎明期、その定位は極めて斬新だった。ドラムが丸ごと左チャンネル、ギターはリズムの鳴っていない右端。少ないトラック(チャンネル)に対し、その聴感が「面白い」とか「芸術的」などと言う理由で、今考えれば恐ろしく乱雑な定位でミックスされたりしていたのである。例えばカーステで聴くと、運転席の人はドラムなし、みたいな(笑)。これでは確かに面白い/芸術的、と言う観点よりも前に「聴きづらい」と言う、ポップス/イージー・リスニングにとっては致命的な欠点をも背負ってしまっていた。

アンサンブルや立ち位置などを計算して定位を組み立てて行くには、まだ少し時間が必要だった時代である。

そして現在。シンプルなヴォーカル/ギター/ベース/ドラム、と言うアンサンブルで演奏されるロック・ミュージックのミックスは、そのステレオ定位の中である一定のルール/常識に基づいたものが主流となっている。超カンタンに分けると、

ヴォーカル=センター
ベース=センター
ギター=リードはセンター、バッキングは左右ダブリング
ドラム=センター界隈(キット全体はステレオ)


1970年代に確立されたこのスタイル、その歴史はミックスのマルチ・チャンネル化によって誕生し、細かくパンニングすることで黎明期とは反対の非常に緻密な定位論が求められることとなった。

まず、ドラム。
キック/スネア、と言うビートの要はセンターに置き、その左右にセッティングされて口径やチューニングによって音程差が付けられた"タム"がパンニングされた。更にハイハットとライドをドラマーのプレイ通り正反対の位置に定位し、シンバル類をステレオ収録することで、ドラム・キット全体をステレオ化したのである。これによってドラムにはそれまでなかった"空間"と言う概念が生まれ、「右から左へ流れるようにタムを叩く」なんてプレイが再現可能となった。もちろん、実際のキットよりも大きく、または小さく聴かせることも自在で、ミックスによってそのスケール感がコントロール出来るようになったのである。

ステレオL-R定位に於ける、ロック・ドラムの位置付けは少々特殊である

これが実際の標準的なドラム・パンニング図。見ての通り、ステレオの左右幅を目いっぱい使い、キックとスネアはセンター、その他のパーツは実際よりもスケールを大きく定位するのが一般的

次にギター。
ギター・ヒーロー、エディ・ヴァン・ヘイレン率いるヴァン・ヘイレンのデビュー作"炎の導火線"(1978年)では、エディのギターは基本的に1本(1プレイ)、定位は左寄り。ソロ・パートでは真ん中に定位が動くのだが、基本的には左側で鳴っていて、空いた右チャンネル側にはギターのディレイやリバーヴ成分だけが聴こえてたりして、非常に緊張感溢れる造りになっていた。が、もしもエディのギターをセンターから動かさなかったら、このアルバムは極めて「モノラルに近い」、つまらない定位感だっただろう、と思う。

現在、この方法は主流ではない。多くはギタリストがリズム・ギターを2度演奏/録音し、それぞれを左右に振ってギターの"壁"を作る。こうすることでドラム・キットだけに頼りがちだった空間にステレオ・ギターが加わり、現代主流の音像が完成する。考えてみれば、仮にヴォーカルがハモったりしないシングル・ラインだった場合、ドラマー/ベーシスト/ヴォーカリストは各1回ずつしかレコーディングしないのに、ギタリストは最低2回演奏しなくてはならないってのが不可思議だ。もちろん1本のギター/1つのプレイをステレオ化することも可能だが、本人がそのグルーヴ感で微妙にタッチやタイミングにずれを生じさせる2度演奏、ダブリング・トラックの威力たるや半端じゃない。ステレオ感だけでなく厚みも加わり、.....正直に言っちゃうと、さほどイケてないプレイ/曲でも、ダブルでギターが入った瞬間にある程度聴けるクオリティになっちゃうから不思議。

反対に、レコーディング現場でもしギタリストに1トラックしかプレイしない、と言われたら、我々けっこう焦ります。オレの対策?、ダブルで録らせろと説得する(爆)。

さて、こちらの図はお馴染み"風の唄"レコーディング・メンバー(松尾タイチ/ヴォーカル、加瀬竜哉/ギター&ベース、長田昌之/ドラム)。で、もしも全員「せーの」で一発録りをして、モノラル・ミックスをしたら絵的にはこんな感じになる

おっと、長田が太ったゾ!?。.....これが、前述のようにキックとスネアをセンターに置き、他のパーツを目いっぱいステレオ定位したところ。これだけでもモノラル・ミックスに比べて飛躍的に広がり感が増す

こちらはドラムをモノラルのまま、バッキング・ギターをステレオ・ダブリングしたところ。"ギターの壁"を作ることで、広がり感だけでなく厚みが加わる

.....で、こちらが現在主流のロック・バンド定位図。ヴォーカルとベースをセンターに、ドラムとギターをステレオに処理して完成

.....で、歌のハモリやギター・ソロなんかを入れると、こんな感じになる(ワハハ、なんかカワイイゾ)


ちなみにこちらは1963年のThe Beatles"I Want To Hold Your Hand"の定位図に"風の唄"メンバーを当てはめた図。ヴォーカルをセンターに残し、楽器隊はL-R振り切り


さ、図にしてみると良く解るよね。つまり主流のロック・ミックスの基本形は、丁度ツイン・ギターのロック・バンドをライヴ・ステージにセッティングした形、と言うこと。なんてことはない、見慣れた/聴き慣れた、または自然な定位バランスだった、と言うことなんだ。ただし、実際にはドラム・キットは左右をフルに使って定位するのでもうちょっとスケールが大きい。この原型があって、ハーモニーやコーラス、デジタル・シンセサイザー、ブレイク・ビート、パーカッション、更にはストリングス・カルテットなどなど、作品によって様々な楽器/パートが加わって来る。特にオーケストラ/管弦楽には明確な立ち位置が存在するので、ただ乱雑に和音をステレオで乗せるとグチャグチャになってしまうでしょ?。チェロが右チャンネルにいるのにはちゃんと理由があるんだ。管弦楽の録音/ミックスは奥が深いけど、基本的には楽団の中で出来上がるバランスをそのままにステレオ収録するのが最も気持ち良い。ま、そのヘンのハナシはあらためて。
興味深いのはSlipknot。DJ、サンプラー、異なる2人のパーカッション、ジェイムズとミックの2人のギタリストの立ち位置は上下(かみ・しも)ではなく並び.....あの自由な9人の作品はあまり編成に捉われず、自由だ。


.....人物だと解りづらいと言う人のために(ナニを今更/笑)、機材ヴァージョン。やっぱり基本はライヴ・ステージと一緒

.....さて、今回は最後に"風の唄"の、1963年ヴァージョンのミックスを作ったので聴いてみて。一応、オレの生まれる前の年の作品、The Beatlesの"I Want To Hold Your Hand"を目指してみたよ。コンプやEQ、リバーヴなんかも当時のスタンダードっぽい処理で、そして何しろ大胆なパンニング。.....いや~、なかなか新鮮な感じになったよ!。



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最終更新時間:
2011年10月04日21時52分